2017年6月13日

瀬戸内寂聴住職(当時)との出会い

和顔施のシキ

小松シキさんは、大正七年生まれですから、私より四歳上の、今年満七十五歳です。私が天台寺へ六年前、晋山した時、いち早く、自分のお店で焼いた南部せんべいを山のように持って、お詣りにかけつけてくれました。あまり若々しくて、いつも元気なので、私は、ずっと私と同年か、少し年下のように思い込んでいました。

ひかえめな方で、自分のことなど少しも話さず、ただいつも黙って、観音さまに、南部せんべいをお供えして下さり、帰っていかれます。

丸いお月様のような童顔に、にこやかな微笑をたたえていて、「和顔施」という言葉をそのままにしたなつかしいお人柄です。

今度、こんなものが出来ましたと、はにかみながら持参された一代記を読み、はじめて、シキさんの長いご苦労の道を知り、涙が出ました。

私たち戦中派に青春を送った世代の女たちは、それぞれ、言うに言えない大変な苦労をしています。その中で生き残り、七十代を
迎えることが出来たというのは、やはり神仏の有難い御加護を受けていたからかもしれません。

八人兄弟の中でたった一人生き残ったシキさんは、亡くなった身内の人々の分まで生命を輝かし、親思いのやさしい四人の子宝にも恵まれ、今は人のお世話に明け暮れ、仏さまのような慈顔に満ちた表情で、幸福な晩年を送っておられます。

一九九三年 早春佳日

小松シキ著 『むすんでひらいて』まえがきより